「コウタ君は、どうしたいの?」

そう聞かれたとき、僕は何も答えられませんでした。

薬学部に進み、国家試験を受け、薬剤師になる。目の前には、すでに一本の道がありました。薬学部にいる理由も、これからの就職も、聞かれればいくらでも説明できました。

でも、自分がその道を歩きたいのかと聞かれると、何も言葉が出てこなかった。

自分の人生なのに、自分がどう生きたいかを、自分の意思で考えたことがなかった。そのことに気づいた瞬間、なぜか涙が出ました。

僕は今、薬剤師の国家資格を持ちながら、医療業界を中心に、採用支援やDX・AI活用、新規事業づくりに関わっています。新卒で選んだのは、薬剤師ではなくITベンチャーでした。その後、創業期のスタートアップで役員を経験し、一度薬剤師として医療現場に戻り、今は独立しています。

振り返ると、僕の人生を動かしてきたのは、最初から持っていた明確な目標でも、綿密な計画でもありませんでした。自分とは違う世界を生きる人との出会いでした。

知らない選択肢は、選ぶことすらできない

薬学部を選んだのは、強い夢があったからではありません。資格が取れる。安定していそう。生物も嫌いじゃない。それくらいの理由でした。

当時の僕は、医療の外にどんな仕事や生き方があるのか、ほとんど知りませんでした。

知らない選択肢は、
選ぶことすらできない。

そのことに気づいたのは、薬学部の教室では会えなかった人たちに出会ってからです。

大学を休学し、Webサイト制作の仕事をしながら、日本中を旅していた同い年の人がいました。パソコン一台で働き、僕が想像していた薬剤師の収入以上を得ながら、住む場所にも縛られずに生活していました。同じ年齢なのに、見ている世界がまるで違いました。

それまでの僕にとって、大学を卒業したら就職し、資格を取ったら、その資格を使って働くことが当たり前でした。でも、その人は、自分で仕事をつくり、自分で働く場所を選んでいました。薬剤師以外の未来が、初めて現実的な選択肢として見えた瞬間でした。

もう一人、忘れられない人がいます。大喜利が好きすぎて会社を辞め、起業した元会社員です。素人でも面白い大喜利ができる方法を研究し、それをメソッド化して、組織づくりやチームビルディングの研修として企業に提供していました。

大喜利が仕事になるなら、
何だって仕事になる。

そう思いました。仕事は、すでにある選択肢の中から選ぶだけではない。自分が好きなことや興味のあることから、新しい仕事や事業をつくることもできる。それまで考えたこともなかった生き方でした。

国家資格は取得しました。それでも、新卒で選んだのは薬剤師ではなく、ITベンチャーでした。知らない世界を、もっと自分の目で見てみたい。その気持ちが、安定して見えた道よりも強くなっていました。

外の世界へ出たから、薬剤師を選び直せた

ITベンチャーを経て、創業1年目のスタートアップへ、社員1人目として飛び込みました。役員として、ゼロから事業をつくることに挑戦しました。資金調達の準備や、オンラインスクール、メディアの運営など、必要だと思うことには何でも取り組みました。

熱量はありました。それでも、事業を成長させる成果は出せませんでした。

誰もいないシェアオフィスに朝一で出社して作業

誰もいないシェアオフィスに朝一で出社して作業していた頃

何かはしている。でも、何も生み出せていない。

本当は、今の会社にとって何を優先すべきなのか、自分でも分かっていませんでした。それでも、「何をすればいいですか」と代表にゼロから聞くことができませんでした。知識も経験もない自分を認めるのが怖くて、分からないことを分からないまま、自分一人で何とかしようとしていました。

聞けば済むことを、
聞けなかったんです。

毎日、何かには取り組んでいる。でも、会社を前へ進める成果にはつながらない。何をしたらいいのかも、どう聞いたらいいのかも分からないまま、時間だけが過ぎていく感覚が、本当に苦しかったです。

肩書きだけが、実力よりも先に大きくなっていました。このまま役員という肩書きを抱えたまま続けても、会社にとっても、自分にとっても良くない。そう考え、自分の力不足を認めて、役員を退きました。

その後、僕は薬剤師として医療現場に戻りました。戻ることには、正直、抵抗がありました。一度、薬剤師とは違う道を選び、スタートアップの役員まで経験したのに、薬剤師へ戻る。それまでの挑戦を諦めて、元の道へ戻るような感覚がありました。

でも、実際に医療現場へ立つと、以前とはまったく違う景色が見えました。人手が足りず、日々の業務を回すだけで精一杯になっている。改善したいと思っても、その方法を調べたり、外の業界の事例や新しい技術に触れたりする余裕がない。

ITや事業づくりを経験したからこそ、以前なら当たり前だと思っていたことが、課題として見えるようになっていました。

薬剤師という資格や医療現場は、いつの間にか「決められた道」ではなくなっていました。外の世界を知った自分が、自分の意思でもう一度選び直した場所になっていたんです。

戻ることは、後退ではありませんでした。外へ出たからこそ、薬剤師としてできることも、医療の中で挑戦できることも、以前より広く見えるようになりました。

もっと知らない世界へ行くために、起業した

薬剤師として働きながらも、「自分はこれから、どう生きたいのか」という問いは、ずっと残っていました。

スタートアップで成果を出せなかった経験もあり、すぐにもう一度起業しようとは思えませんでした。まずは、自分の知らない仕事や生き方を知りたい。そう思い、経営者やフリーランス、会社員など、さまざまな人に会うようになりました。

これまで、500人以上と、仕事やキャリア、人生について話してきました。

交流会帰りに撮った写真

交流会帰りに撮った写真。多分……

Yentaというビジネスマッチングアプリで、仕事を辞めてスリランカを旅した人に会いました。旅先で現地の人と仲良くなり、工場へ連れて行かれ、「ココナッツの皮を日本で売ってほしい」と頼まれ、本当に日本で販路をつくったそうです。最初はペット用の資材として販売し、今は農家向けの肥料としても展開していると聞きました。

LinkedInでは、ハリー・ポッターの舞台でビジネスプロデューサーをしていた人にも会いました。作品の裏側や、エンターテインメントを事業としてつくる話を聞きました。

普通に薬剤師として働いているだけでは、知ることも、直接話を聞くこともなかった仕事や生き方でした。人に会うたびに、自分の中の「普通」が少しずつ変わっていきました。

資格を取ったら、その仕事を続けるもの。仕事は、一つの会社で続けるもの。安定した仕事を手放すのは、もったいない。それまで当たり前だと思っていたことも、違う人生を生きる人の話を聞くと、数ある選択肢の一つに見えてきました。

振り返ると、ヒッチハイクへ行ったのも、シェアハウスで暮らしたのも、自分が知らない世界を見たかったからでした。

この感覚は、今も変わっていません。知らない場所へ行き、知らない人と出会う。その人が何を見て、何を感じ、なぜその道を選んだのかを聞く。僕にとって人生は、知らない世界を知っていく旅なのかもしれません。

だから、自分の時間や働き方を自分で選びながら、知らない世界へ出続け、自分だからできる仕事をつくっていきたいと思うようになりました。

起業は、最初から目指していた
ゴールではありません。

自分がどう生きたいかを考えた先にあった、一つの手段でした。

そして、医療現場と外の世界。その両方を経験した自分だからこそ、外の業界で生まれている新しい人材や技術、事業の選択肢を、医療へ届けたい。そう考え、独立しました。今は、医療業界を中心に、採用支援やDX・AI活用、新規事業づくりに関わっています。

でも、人に会っている理由は、仕事だけではありません。自分がまだ知らない世界を、知りたいから。

どんな仕事をしてきたのかだけではなく、その人が何を見て、何を感じ、どんな選択をしてきたのか。その話を聞くことが、僕は好きです。

対話ワークショップの様子

対話ワークショップの様子

今の仕事も、今の自分も、完成形だとは思っていません。人に会い、外に出て、失敗し、戻りながら、そのたびに自分の道を選び直してきました。その途中に、今の自分がいます。

これから出会う人の中にも、僕がまだ知らない世界があると思っています。この記事を読んでくださったあなたと、直接お話しできることを楽しみにしています。